ランニングダイアリー2004---100km超のウルトラへ
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平成16年4月 萩往還までの1ヶ月
■ 4月3日 三瀬峠越えをすることに
 北九州URC花見の時にぽろっと口にした「三瀬峠越え」。まさか付いていきたいという人がいるとは思わず、佐藤三郎先生に誘われ花見に参加する予定だった。ところが前日になって、前村やよひさんから連れて行って欲しいという連絡が入った。気軽にいいですよと返事してしまったが、標高も勾配のきつさも電子地図では全くわからず、後で後悔することになった。
■ 4月4日(1) さが桜マラソン−−−流せばいいのに自己ベスト
 7時に黒崎駅で前村さんと落ち合い、特急かもめで佐賀に向かう。気温はやや低めだが、雨は朝のうちに上がり昼から晴れるという予報で、走るにはちょうどいい天気かなと思ったが、実はそうでもなかった。佐賀駅から会場までは歩いたが、荷物を背負って走っている人を見かけた。名水マラソンで一緒になった浦さんに紹介されてわかったのだが、萩往還のトレーニングを兼ねて、長崎から走って来た阿部さんだった。100km走って来てハーフを走る、萩往還に出るためにいろいろトレーニングを工夫しているようだ。とにかく今日のメインはハーフよりもその後の三瀬峠越え。そのせいかレースには気合いが入らず、アップもせずに熊本さんとスタート地点に向かった。
 10:15にハーフがスタート。前方に山崎憲次郎さんを見つけてスピードアップ、しばらく併走する。三瀬峠越えのことを考えて飛ばすつもりはなかったが足の調子はよく、河川敷の菜の花も満開で、1km4'30"前後のペースで気持ちよく走り続けた。12km過ぎから急に向かい風が強くなったが、何とかそれまでのペースをキープ。15kmまで5km毎のラップは、23'05"、21'53"、22'24"。追い風となった15km以降は1km4'10"ペースにスピードアップして最後の6.0975kmを25'19"で走り切り、1:32:59でゴールに飛び込んだつもりが、完走証は1:33:00。あと1秒頑張ればとちょっと悔しかったが、昨年に続き自己ベストを更新した。
 ゴール後は佐藤三郎先生等のやまびこジョギングクラブと太宰府走ろう会合同の花見に参加。ところがこの頃から天気が荒れ出した。会場では突風のためテントが倒れ、山の方には怪しげな雲がかかっていた。誰かが「峠は雪かもしれない」などと不安を煽る。強風で体が冷えてしまったがビールで乾杯、そのせいか腹の調子が悪くなった。
■ 4月4日(2) 雨の三瀬峠越え
 「後悔先に立たずだよ」という声を背に、13:20、前村さんとともに三瀬峠に向けて出発した。スタートしてしばらくはほぼ平坦で、1km6'30"位のペースで走った。気になったのは天気で、向かい風が強く、峠の方には雲がかかり、時々細かい雨も落ちてきた。10kmを過ぎたあたりからだんだん雨も強くなってきた。それと同時に勾配も一段ときつくなった。登坂車線が設けられているような道である。車だとアッという間だったが、自分の足で走って、こんなにもきつい坂だとは思わなかった。向合峠まで平坦なところは全くない。歩こうかと思ったが、前村さんが付いてきているので休もうとは言い出せなかった。顔を上げると遙か上の方まで続く道が見えて嫌気が差す。下を向いて黙々と登っていたら、今日もまた50円を拾った。結局向合峠までの6kmに1時間以上を要し、どんぐり村に着いた時には吐き気がした。
 どんぐり村からしばらく三瀬村役場までは少し下ることになる。途中で水分補給をして少しだけペースアップ。このあたりの標高は400-500m、風は相変わらず強く、雨も降ったり止んだりで寒かった。体に当たる雨がやけに痛いと思ってよく見たら、雹も混じっていた。
 三瀬トンネルと三瀬峠への分岐点で水分補給。雨はようやく上がった。三瀬峠への最後の上りは曲がりくねった峠道、各カーブ毎に番号が付けられ、数えながら登ると気分的に楽になれた。スタートして3時間50分、ついに三瀬峠、標高583mに辿り着いた。
 ここからはひたすら下るだけ、自然とペースが上がる。何とか7時間くらいでゴールできそうだ。眼下に広がる雄大な眺めも素晴らしかった。もっともこれを逆ルートで登ろうという気にはなれなかった。石釜で久しぶりにコンビニを見つけて小休止。内野で室見川を渡ったあたりからは先は完全にフラット、野芥から荒江へと向かい、そして19:50、西新に到着した。所要時間6時間30分。平均すれば1km8分ペース、時速7.4kmくらいだった。ハーフと合わせ約70km、大村湾160kmにも及ばないが、延々と続く登り坂はかなりきつかった。峠の前後にコンビニはなく、自販機も少なかった。 次に走る時は、リザーバタンクを持っていった方がいいと思ったが、こんなきついコースは二度と走りたくないというのが本音。
 西新駅のトイレで着替え、地下鉄に乗り、博多駅で特急に飛び乗った。早速ビール!と思ったら車内販売はなく、自販機にはノンアルコールビールしかなかった。
 それにしても何と言うことだ、雨の日のトレーニングが続いたせいで、風邪を引いてしまった。
■ 4月17-18日 萩往還まで2週間−麻生林道ナイトラン
 予想以上に風邪がこじれ、熱が出たりで、一週間休んでしまった。4/14からようやくトレーニング再開。
4/17-4/18は北九州URCのナイトラン。黒崎から小倉、麻生林道経由で黒崎に戻る、約57kmのコースである。萩往還に備えた練習会で、この日参加した11人中、250kmに5人、140kmに4人がエントリーしている。今回はスペシャルゲストとして、元実業団女子マラソンの原万里子さんが参加された。原万里子さんも140kmにエントリーされている。
小倉駅で記念撮影
前列中央が原万里子さん
 JR黒崎駅前を22時にスタート、中央町経由で小倉駅まで約1時間半。小倉からは国道10号・322号を南下、守恒・徳光から道原へと向かう。体調はまだ万全とは言えず、時々咳き込んだり、息切れしたりした。
 スタートした頃は暑いくらいだったが、午前0時を過ぎて少し冷え込んできた。道原からウインドブレーカーを着たが、手袋も欲しかったくらい。萩往還でも寒さ対策が大事になりそう。
 AM2:30、麻生林道に入る。真っ暗な山道なので2グループに分かれての集団走となり、前方のグループに入った。かなり長い上りが続くが、原万里子さんたちは軽々と走り、ついていくのがやっとだった。ようやく下りとなりスピードアップ、そろそろ終点かなという尾形さんの言葉を信じて飛ばしていたら、再びきつい上りが始まった。最後は歩きながら約8kmの林道を何とか53分で走りきった。尾形さん特製の寒天を食べながら小休止。田代を過ぎれば勝手知ったるいつものルート、畑トンネル・小嶺から黒崎へとのんびり走り、AM6:30過ぎに黒崎駅に到着した。
■ 4月25日 萩往還まで1週間−−−遠賀・玄海・津屋崎マラニック

レンゲ畑(遠賀町)
 萩往還を1週間後に控え、今月はまだ10日も走っていない。焦りを感じるが、無理して疲れをためても意味がない。それでも天気が良く、風も気持ちよかったので、ゴールも決めずデジカメを持って遠出することにした。まず中間に向かい、遠賀川河川敷を北上し、広渡から西へ向かう。遠賀町は至るところのどかにレンゲ畑が広がり、どこからか現れた犬が併走した。スタートして約1時間半、小休止して写真を撮った。遠賀町から国道495号線方面へ。新緑が目に優しい。芹田交差点から玄海100kmのコースとなるが、成田山へは向かわず、真っ直ぐ垂見峠を目指す。峠といっても標高200mないだろう、苦もなく登り切った。玄海町に入ったところのコンビニで2度目の休憩。2kmほど走ってふじ寺こと浄光寺に寄り道。ちょうどふじが満開だった。写真を撮りながら10分ほど休む。しばらく走ると麦畑が見えてきた。その向こう真っ青な空に一筋の飛行機雲。写真日和だが、走るにはちょっとつらい。つらくなってきた頃、玄海100kmゴール地点の夕陽館を思い出した。津屋崎をゴールに決め、夕陽館の潮湯で汗を流し、缶ビールを飲んだ。約45km、4時間45分、体重は3kg減っていた。やや脱水気味。
 走り終わって津屋崎から西鉄電車で博多に行き、A&Fで2Lのリザーバタンクを買った。先に買っておけば、途中の給水が楽だったかもしれない。

ふじも満開(浄光寺)

麦と飛行機雲(津屋崎)
■ 4月30日 萩往還まで48時間
 4/28・29と二日続けて畑貯水池へ。買ったばかりのリザーバタンクに水約1Lを入れて背負ってみた。適当に荷物を詰め込んだバックパックの重さは2kgを超えた。ズシッと来るが、こまめに給水が取れるのは楽で、暑くなる日中には便利だろう。
 今月は風邪で寝込んだりしたが、何とか300kmは超えた。スタートまであと48時間、不安と緊張で胃が痛む。
今月の記録
走った日数 距離 平均 1月からの累計
11日 313.8km 28.5km 56日 1281.9km


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