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| 平成18年2月 新北九州空港マラソン | |||||||||||
■ 2月2日 なかなか疲れが取れない |
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居酒屋マラニックが終わって10日、いい加減疲れも取れているはずなのに、スピードが出ない。60kgまで増えた体重も、何とか2kg落としたが、その効果もない。菜の花マラソンもそうだったが、最近は1km5分が大きな壁となっている。
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今年3月16日、北九州市・苅田町沖に新北九州空港が開港する。その滑走路を走る一回だけのマラソン大会が開催されると聞き、直ぐに申し込んだ。5・10kmは空港につながる東九州自動車道を走り、ハーフは空港内・滑走路を走る。もちろんハーフにエントリーした。
当日は7時過ぎに家を出た。都市高速は順調だったが、大会参加者の車だろう、10号線バイパスに降りてから混み始め、県道25号線入口はかなり渋滞した。会場には北九州ウルトラRCやとり正RC、チーム100など多くのメンバーが集まっていた。車に着替えを取りに行き、ついでにウォーミングアップ、空港島を見に行った。天気はよく、風あまり強くはない。ただ、気温はやや低め、寒さ対策で長袖・ロングタイツにした。靴はTARTHER CLUTCH。昨年10月に買って、レースで履くのは今回が初めてである。今までハーフを走る時にデジカメを持ったことはない。しかし今日は特別、滑走路で記念撮影しようと、ウェストポーチにデジカメを入れた。 10時にレースがスタート。デジカメでとり正のママやりょうじさん、初代走るウルトラ飲兵衛氏等の写真を撮りながら走る。写真を撮りながらでも、1km5分とまずまずのペースだった。連絡橋から左カーブを下って空港島へ。そして空港南側からいよいよ空港内に入る。いちいちデジカメを取り出すのが面倒になって、手に持ったまま走った。管制塔前を走ってエプロンへ、北の端まで走って、いよいよ滑走路を走る。自分以外にも写真を撮っているランナーが多い。誘導の係員もシャッターを押してくれた。滑走路南端で記念撮影しているところは、どうやら某局のニュースでも流れたらしい。空港の外に出てからデジカメをウェストポーチにしまい、スピードアップした。1km4分30秒くらいで気持ちよく走る。ゴールタイムは1:43:37、40枚ほど写真を撮った割りにまずまずのタイムだった。 |
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ご存じ、萩往還マラニックのスタート、そしてゴール地点である。その国宝・瑠璃光寺五重塔の内部が初めて公開されるという。新北九州空港マラソンの後、萩往還にエントリーした飲兵衛四人組は山口へと向かった。
さすがに観光客が多く、山門前の道は大型の観光バスなどで身動き取れなかった。五重塔の前にも人だかり。しかしランナーらしい人は我々以外に見かけない。250円のお賽銭を入れ、萩往還250kmの完踏を祈願した。 |
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| 最後の大村湾一周ウルトラマラソン160km | |||||||||||
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■ 2月11-12日 序盤すっ飛ばして撃沈、、、宴会ゴール
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第10回目となる大村湾。今回が最後となるかもしれないと言われていたが、案内には何も書かれていなかった。サポートしてきた江口さんからは次はないと断言されていたが、何とか続けられないだろうか、そんな思いで参加した。
前日、仕事を終えて博多へ。辻本さんのグループや楽松師匠と二升瓶で前夜祭をしようと約束していたのだが、二升瓶に行くと、縞猫さんや集さん等も来られていて、ちょっとビックリ。しかし明日から160km、大将もエントリーしており、この日は早めにお開きとなった。翌日、福岡空港で奥野さん等を拾い、嬉野温泉へ。 嬉野温泉・松園には10時ちょっと前に到着、10時スタート組の集合写真を撮ることもできた。それにしても多い。玄海もそうだが、だんだん早い時間のスタートが増えてきて、今回も50名ちょっとと約半数が10時にスタートしていった。いつものように、超ロングでありながら、どのランナーも実に楽しそうだった。スタートを見送ってから近くの店に行き、温泉湯豆腐を食べた。12時スタート組も40名近く、この12時組がスタートした後は、松園の大広間はがらんとしてしまった。 実は今回、練習不足の焦りで足を痛め、12時組でエントリーしていた。しかしある程度追いつめて走った方がいいのかもしれないと思い、14時に変更した。その14時組はわずかに11名。この中には坂本明子さんや集さん等、錚々たるメンバーが揃っていた。記念撮影後、14時にスタートした。 国道34号線からキリシタン史跡方向へと右折した頃から少しばらけてきた。それほどきつくもなく、先頭グループに付いていった。なぜかその先頭に立ってしまった。つぶれるとわかっていたが、そのまま先導し、俵坂峠を越えた。東彼杵から大村湾を時計回り、23km藤瀬さんのエイドにちょうど2時間で到着した。先週の新北九州空港のハーフと大して変わらない。ちょっと早過ぎ。ゆっくり休もうと思ったが、集さんに急かされ直ぐにスタート。28km、江口さんのエイドにも先頭で到着、缶ビールを飲んで直ぐにスタート。さすがに鈴田峠の上りできつくなってきた。それでも40km、鈴田峠エイドには3時間48分で到着した。 ここで終わった。残り120km、足は動かず、眠気と吐き気に襲われ、辛いレースとなった。中間点、時津のエイドに早く着きたい、そして寝たい。それしか考えていなかった。日付変わって12日の1時前、ようやく時津に到着。マッサージを受け、直ぐに寝た。寝ても吐き気は治まらなかった。それでも止めようと言う気はなかった。2時間近く休んでしまい、しかも殆ど何も食べられなかったが、3時前に時津を出発した。眠気でフラフラしながら、走り続けた。明け方バス停を見つけて一眠り。この頃から殆ど一人旅。相変わらずちょっと無理すれば吐き気がしたが、何とか食事は摂れるようになった。2日目は快晴となった。写真を撮りながら、のんびり走る。吐き気が辛くて、最後の俵坂峠への上りは殆ど歩いた。そして、17時31分、松園にゴールした。スタートして27時間31分、一昨年より5時間以上遅れての宴会ゴールだった。 結果的には大失敗のレース、40kmまでの飛ばしすぎはあまりに無謀だった。それでも悔いはない。リタイヤ癖を払拭できたし、序盤でつぶれながらも粘ってゴールできた。 宴会ゴールとなったので、佐藤先生からどのような話があったかわからない。とにかく大村湾は終わった。そして次回からは佐賀酒蔵巡りマラニックが始まる。しかし一昨年、大村湾を完走したことが萩往還250km完踏につながった。超ロング挑戦を始めた地であり、そして多くの仲間と知り合えた、そんな思い入れのある大会、何とか残したい。そう思っているランナーは自分だけではなかった。エイドもサポートも無しでいい、また大村湾を走ろう、そんな話が早くも持ち上がっている。 |
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■ 2月21日 ジョギングコース
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普段、夜の11時過ぎから走りに出ることが多い。そのため幹線沿い、歩道のある所を主に走っている。緩いアップダウンのある7kmくらいの周回コースを設定し、12-16kmくらい走っていた。
そのコースを変えた。今までよりアップダウンがきつい。12-19kmくらいの距離になる。よりハードなトレーニングを、、、というのではない。今まで主に走っていたコースの途中、某所で暴力団の抗争らしい、殺人事件が起きたのである。物騒で、とても夜中に走れたものじゃない。 |
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2006大村湾一周UMの記録表が公開された。早速PDFファイルをダウンロードしてスプレッドシートに変換、集計してみた。完走率は84%、24時間以内だと32%。14時組は全員が完走しているが、つぶれたのは自分ただ一人、殆どが24時間以内の完走だった。同じ14時組でスタートし、自己ベストで完走した渕上さんから、靴の中敷きを買ったのが良かったと聞いた。もちろん走力があったからこそのタイムだろうが、良かったと聞くと買わずにはいられない。右の写真がそれ。動きの安定、サポート力、衝撃吸収に優れる等いろいろ良いことが書いてある。ただし約6,000円と結構高かった。 |
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| 貫山林道〜井手浦林道〜麻生林道〜とり正・河童の湯 | |||||||||||
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■ 2月26日 ハードな練習会でグッタリ
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昨年に続き、貫山・井手浦林道を越え、さらに麻生林道を越えてとり正までの練習会を企画した。ゴール後の風呂のことを考え、女性はとり正ゴール(45km)、男性は河童の湯(47.5km)である。今年は大村湾一周後、先週は休んだが、今週からこの練習会に始まり、佐賀酒蔵巡りマラニック試走、萩往還練習会、屋久島エコマラソンと4週連続で長い距離を走る。
マラニックを担当すると、走り以外のことにも気を遣う。この日も黒豆ご飯のおにぎりを約20個用意、明け方1時間寝ただけで、練習会に向かった。 AM9時、JR朽網駅に集まったのは、北九州ウルトラRC組が10人、博多組が6人。さらに途中で1人合流予定となっている。スタート前の記念撮影をして、9:20過ぎにスタートした。 朽網駅をスタートしてしばらくは平坦だが、昭和池方面への林道へと左折すると長い上りが始まる。約40分走って、貫山林道途中の水飲み場に到着した。後続を待つ間、ちょっと休んだだけでも体が冷えてしまった。さらに林道を上ると、細かい霧のような雨が降ってきた。下もかなりぬかるんでいた。スタートして1時間ちょっとで一旦上りは終わり、しばらく下ってまた上り、休まず走って約1時間30分で井手浦林道との分岐点に到着した。後続を待って、全員揃ったところでスタート。井手浦林道は最初、少し上って後はずーっと長い下りが続く。スタートして2時間22分、11:42に石原町駅に着いた。 駅前では昨年同様、西田さんの奥様が多くの食料を用意してくれていた。雨が降り風も冷たかったので、温かいスープが有り難かった。寒くてビールは遠慮したが、やはり走る飲兵衛、江口さんや倉ちゃんと日本酒・焼酎を飲んだ。約50分休んで、後半の麻生林道へと向かった。しかし大村湾の疲れかそれとも無理しすぎたか、石原町駅をスタート後、足が動かなくなった。道原から上りで徐々にスピードが落ち、麻生林道に入ると歩いているのと大して変わらないスピードになった。途中何度も休みながら、1時間20分もかけてようやく林道を走りきった。林道を出てしばらくは、全員でダラダラ歩いた。田代の自販機前で休憩して最後の上りへ。途中、様子を見に来てくれたとり正の大将と合流。ここから大将がサポートしてくれた。畑トンネルを抜け、長い下りを一気に走って中畑橋で小休止。ここから女性群はいつも通りとり正へ直行、男性群は河童の湯へ向かう。211号線まで下る手前でショートカットできると大将が教えてくれた。これは大助かりだった。しかし、もう体力は残っていない。馬場山から星ヶ丘へ向かう道に合流したところで、残り2-3km。しかし意外にアップダウンがあり、遠くまで見渡せるので、気分的に辛い。星ヶ丘団地を抜け最後の上り、ついにたまらず歩いてしまった。ようやくゴールの河童の湯にたどり着いたが、去年1月の試走会より距離は2kmくらいしか違わないのに1時間遅れの7時間27分も要してしまった。 河童の湯はかなり混んでいたが、大きな風呂で体を伸ばせるのは有り難い。風呂から上がって、大将の車と西田さんの車に分乗して、とり正へ向かい、いつものように打ち上げが始まった。 林道から林道へのマラニック、さすがにそのダメージは大きく、この後一週間、完全休養となってしまった。結局2月は400kmに届かなかった。 |
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| 今月の記録 |
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